七色の変化球と電気を通す手紙
チーズの種類には多様な分類が存在する。
「とろ~り3種のチーズ牛丼」では3種、「クワトロフォルマッジ」では4種とされているが、実際に自然界に存在するチーズは連続体を為しているため合理的な境界線が存在するものではなく、チーズを何種類数えるか、またどこからどこまでを特定の種のチーズと分類するかは個々の文化の習慣によるのである。
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『言語が違えば、世界も違って見えるわけ』(ガイ・ドイッチャー)ではホメロスの作品における風変りな色彩表現とそれに関する研究史を皮切りに様々な事例を引きながら、言語によるさまざまな世界の切り取り方、そしてそこに反映された文化的慣習は人間の思考に影響を与えるかという問いに考察を加えている。
「ホメロスの叙事詩では海を『葡萄酒色』と表現している」が第1章で登場するのをはじめ、色彩を表す語彙は本書に最も頻繁に取り上げられる例であり、第1章のサブタイトルは「虹の名前」になっている。
虹といえば文化による色彩の違いで引き合いに出される定番で、虹の色が言語文化によって六色だったり三色だったり二色だったりする話はいろんなところで紹介されている。日本では七色というのが普通で、種類が多彩であることを比喩的に表すときにも使われる。
日本の野球には「七色の変化球」という(古い…?)言い回しがあるが、変化球も色と同じように切り分け方次第でいろいろな分類が可能な例だと思う。
20年くらい前まではカーブはカーブ、スライダーはスライダー、という感じで七色プラスアルファくらいだった気がするが、最近だとカーブだけでもパワーカーブ・ナックルカーブ・ドロップカーブと細かく名前がついたり、ツーシームという聞いたことのなかった変化球をいろんなピッチャーが投げている。スラーブなんて名前も昔はなかった気がする。
もちろん実際に新しいタイプの変化をしているボールもあるのだろうが、それよりは分類方法の側が細かく変わったりMLBから用語を取り入れて名付けたりという要素が大きそうだ。
「投げている本人次第で呼び方なんて変わっちゃう」という識者の意見がこちら。
「小さく曲がるのがカットで大きく曲がるのがスライダーだとして、その境界は投手しだいなので投手Aのカットより投手Bのスライダーのほうが曲がりが小さいこともありうる」という話が文化ごと異なる色の分類とちょっと似ていて、同じことを変化球では個々の投手ごとにやっているのかなと連想した。
ここまでは「虹の色の数は文化ごとに違う」と同じ相対的な見方。
本書の第9章で紹介された実験結果によると、2つの色同士の距離はその2色が色の名前の境界をまたぐと、同じ語彙で表される2色よりも相対的に遠く感じる(反応速度が速くなる)結果がみられたことから、言語が色彩感覚に影響を与えていそうだという考察が導かれている。
もし同じように考えてよいならば(よくないんだろうな)、特徴的な変化球に名前をつけることで反応が良くなって打てるようになったりするんだろうか…?それなら投手はオリジナル変化球の名前なんか付けないで「至って普通のスライダーです」と言ってたほうが対策されにくくて得…?
なんか野球がおもしろくない方向に進みそう。少なくともパワプロやプロスピの魅力はちょっと落ちるだろうな。
(一球一球のボールには厳密にいえば一つとして同じものはないが、握りや速度や軌道や曲がり方といった属性で分類していると考えれば言語の音声に似てる?とも思ったのでまた考えてみたい)
関係ないけど上の動画の背景の本棚にあの『コンテナ物語』が並んでいるのを発見した。
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本書8章では文法上の性(ジェンダー)に関しても言語が思考に影響を及ぼしていると考えられる研究結果が紹介されている。
文法における「ジェンダー」という用語は広く言えば名詞のタイプ分け・クラス分けのこと。「男性名詞」「女性名詞」というやつである。
「ジャンル」と同語源で、必ずしも本質的に男性/女性の分類を指すわけではなく他の線引きをもつ言語もあるが、多くの欧州の言語でみられる体系では男性/女性の分類になっており、しかもそれがかなり自由奔放、悪く言えば無秩序に分類されている。
フランス語の「髭」は女性名詞、ロシア語の「水」は女性名詞なのに「茶」は男性名詞、ドイツ語の「ナイフ」「スプーン」「フォーク」は順に中性・男性・女性であるがスペイン語では「フォーク」が男性で「スプーン」が女性、といった具合である。
欧州以外の言語でもこのような一貫性のない(少なくとも法則を見いだせない)文法的ジェンダー体系を持つ言語はたくさんある。
どうしてこんなことに、というのはこのような言語を学んで苦労したことがある人なら一度はぼやいたことだと思うが、起源としてはどうもその種類全体を表す総称名詞が名詞につけられたのがジェンダー・マーカーのはじまりっぽいぞ、ということらしい。
最初は透明性のある分類体系だったとしても、次第に当初の担当領域外の名詞や新しい概念にも徐々に拡張適用されていったり、分類が3種類から2種類に減って無理やり2種類に再分類されたりといったプロセスを経ることで分類の一貫性を失ったという経緯である。
この章の主要なところで本書全体のテーマと関わるのは、「男性/女性名詞」という文法的ジェンダーの結びつきが、その名詞が表す概念に関する連想に影響を及ぼすかどうかを確かめる実験の数々である。
スペイン語・ドイツ語話者の実験参加者に無生物の男性名詞/女性名詞に男性/女性の名前を付けて記憶させる実験で、文法的ジェンダーと名前の性別が同じだと覚えやすく異なると覚えにくいという結果から「無生物と男性/女性の連想関係が、情報を記憶する能力に影響するほど強い」、つまりここでも母語が思考に影響を与えているのだとまとめている。
ただ個人的にはそもそも男性/女性の分類以外の文法的ジェンダーが多様に存在することを知らなかったので、スピレ語の「人間・大きなもの・小さなもの・集合体・液体の5種」やガンギテメ語の「人間の男性・人間の女性・イヌ・イヌ以外の動物・植物・飲み物・槍の大きさと素材によって二種類など合計15種」となどというジェンダー分類があること自体が目新しく、「なんでもいけそうだな」と思ってしまった。
例えば「電気を通すか通さないか」というジェンダーを考え、「電気を通す」名詞にのみ何かのマーカーが付くと仮定する。総称名詞から出発したらしいということでとりあえず「電」をつけることにして例文を考えてみると、
タブレット電やスマホ電で読書をする人電が増えてきているが、紙の本の魅力電も捨てがたいものがある。
と読みにくい文章ができあがる。
「タブレット」や「スマホ」や「人」には電気が通るし、「紙」や「本」、それらと近い「読書」は通らないという分類でよい気がする。「魅力」が導体でいいのかはわからないがどちらかといえばそうなりそう。「もの」は意味が広すぎるが適当に絶縁体にしておく。
他にも「哲学」や「言語」はなんだか絶縁体に分類されるような気がするし、「年収」は貴金属や硬貨なら「電」が付きそうだけど、お札を想像すると絶縁体かも、でも最近は電子的に振り込まれることがほとんどだろうからいま分類するならやっぱり導体のままでいいか…。半導体は電気を通すので導体名詞に分類、2つしか分類がないからしょうがない。
こうやってあらゆる名詞が無理やり分類されていったら、時を経るにつれて「なんでこの名詞が導体扱いなんだ?」という、本書で紹介されている男性/女性名詞の実例と同じような混乱が起こるのも無理なかろうと思える。
この分類をもつ言語の母語話者はあらゆる名詞に電気が通るかどうかを半ば無意識に考える習慣を身につけているだろうし、この言語を学習しようとする人は「なんで朝が導体で夜が絶縁体なんだよ!」などと不合理な分類の覚えにくさに腹を立てながら学ぶことになる。導体名詞に「電」を付け忘れたり絶縁名詞に間違って付けたりすると、母語話者からは変な顔をされるし試験ではバツをもらう。
常に電気を通すかどうかに敏感な言語の話者であれば、本来は絶縁体の「手紙」に電をつけることで書き手や受け手の涙で濡れていることを示唆するみたいな詩的(?)表現ができるかもしれない。全く流行らなさそう。
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プロローグにもあるとおり「全ての言語は同程度に複雑で、母語の固有の特徴が思考様式に影響を及ぼすことはほぼない」という多数派的な意見に対して、近年の研究結果から「いやいやけっこう影響はもたらしてますよ」と示すのが本書の筋である。
論旨としては確かにそうなのだが、本書で紹介された様々な実験・研究を知って感じたのはむしろ「言語慣習が思考に影響を与えている」ということを示すにはここまで厳密に慎重にやらなくてはいけないのだという厳しさのほうだった。
エピローグで「戦果を喧伝するのは負けている側。脳のしくみはまだまだわかっておらず、当分野の研究は実は依然戦況不利」という姿勢だったのも印象的だった。
初めは翻訳書のためかやや迂遠な書き口に感じたが、ペースをつかんでからは全体を通して機知に富んだ文章を楽しむことができた。表層的だった言語相対主義に関する理解を少し深めることもでき、「自然派」と「文化派」の間の応酬が振り子運動のように進んできた経緯を追いかけるのも非常にわくわくする読書体験だった。
※冒頭の妄言は、本書巻頭に掲載されている、少しずつ色相や明度の異なるカラーチップが連続的に並んだ図を見ていろんなチーズの写真を同じように並べた画像が思い浮かんだことによるもの
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定番ネタともいえる色彩に関することばについて、手元にある本や最近読んだ記事などだけでも結構言及があったので並べてみる。
①古代ギリシャの色彩についてはちょうどいま読んでいる『古代ギリシャのリアル』(藤村シシン)に言及がある。「ワイン色の海」「緑色のはちみつ」といった色彩表現の特徴に関してコラムで解説されている。白亜のイメージの神殿も本当は極採色で彩色されていたらしく、それが広く知られていれば「古代人は色彩の知覚が現代人より未発達だった」という説は無理があるな、となったかも?
②同じ言語でも時代が変わると色の語彙が異なる例として、古英語には "red gold" を意味するような表現があったことが『英語史新聞』第四号(khelf: 慶應英語史フォーラム)で紹介されている。紫・青・赤・黄といった語彙の守備範囲が今とかなり違っていて面白い。
③初めて七色でない虹のことを知った本。言語の「語学」でない部分に興味を持ったのは鈴木孝夫先生の著書によるところが大きいかもしれない。
202201~11 中国語学習記録 HSK3・4級+α
この10か月ほど中国語学習を続けてきました。
Duolingoでベトナム語(すっかり放置して何も覚えてない)や韓国語(一日1ユニットだけ辛うじて続いてる)をやっていたときに「そういえば昔中国語もちょっとやったよな、覚えてるかな」と手を広げてみたのが始まりで、今のところ飽きずに継続できています。
特に区切りをつけるつもりはないのですが、どんな教本・教材を使ったかいっぺん記録してみたいと思います。
ゼロからではないものの、大学で1年間受講したあと約10年勉強も運用もせず錆びきったところからのスタートです。
①HSK3級(2022年3月)まで
開始時期ははっきり覚えていないがおそらく年始頃。
HSKがどんな試験なのか知らないまま「やる気出るし何か検定受けるか」と申し込んだのが2月上旬。
◆TUFS言語モジュール
・以前からお世話になっている言語教材の中国語編。文法モジュールをメインとし、一通りノートに取って履修した気になってみたが、ほとんど身になっていないことがすぐ後に判明、文法事項の説明だけ理解しても習得にならないという当たり前のことを痛感。会話モジュールはいくつか聞いてみて「うーん速いな…」とほぼわからないまま触らなくなった。
◆NHKラジオ 語学講座
放送時間には合わせられないのでアプリで一週間遅れの視聴。アプリの使い勝手がもう少しよくなってくれれば…(今の例文聞き逃した!みたいなときにロック画面で10秒 or 15秒戻しができると嬉しい)
・まいにち中国語:初級講座。シーズン後半から聞き始めたのであまり理解できていないままテキストも購入せず聞き流すだけになってしまったが、初級講座でも聞き取り怪しいんだなと自分のレベルを測ることはできた。
◆Duolingo
・継続記録やランキングなど「毎日何かしらやる」のモチベーションをうまく持ち上げてくれるので一番時間を使ったかもしれない。有料プランにしてしまったのでやらないともったいないのももちろんある。文法事項を体系的に理解するには向いていないが、基礎語彙と短文で声調を叩きこむのには役に立っている気がする。
◆HSK公認テキスト 3級
・さすがに受ける試験の形式を知っておかなくては、とあわててよく見ずに楽天市場で注文したら2012年版だった。安いわけだ
◆HSK 3級
なんとかなった。
HSK4級(2022年7月)まで
3級合格に気を良くして色々手を出してみた。
◆キクタン中国語 中級編
・NHK講座やDuolingoの例文で登場しない語彙も増やしたいと思い単語帳を。最寄りの書店に初級編・初中級編がなかったのでまあいいかと「中検2級」がどのくらいなのか知らずに買ったところ、だいぶ背伸びが必要なレベルだった。推奨されている学習ペースよりさらに遅いペースで進めることに。
◆NHKラジオ 語学講座
・まいにち中国語:入門レベルの基礎をもう一度固めておいたほうがよさそう、というのと名古屋コミティアで出演者の劉セイラさんにお会いできてモチベーション上がったのもありテキスト購読してイチからトレーニングすることにした。既知の内容が多かったがやっておいてよかった。
・ステップアップ中国語:中級講座。やや背伸び気味かな…と思いつつ耳に慣れればいいかと聞き流していたが、さすがに文字情報なしだとついていけなくて勉強にならないと感じ7月以降分のみテキストを購読。でもむずかった。
◆Duolingo
・日本語版で用意されている問題を解き切り、英語版も開始。問われている中国語は理解してるのに英文法で間違えるととても悲しい。
◆放送大学
・演習不足解消のため過去の定期試験問題を。中国語の授業は受講していないものの、別の科目で学生になっており受講していない科目も過去の試験問題は閲覧できるので解いてみた。「中国語I」は問題なし、「中国語II」は理解が危ういところや足りない知識多数。授業動画はチラ見しただけで終わってしまった。
◆センター試験過去問
・やってみっか、と2度ほど筆記のみトライしたがこれは無理。
◆HSK公認テキスト 4級 改定版
・今回は注意して最新版を購入。旧版ではCDだった音声がDLになってて便利!
◆HSK 4級
・听力は1度しか流れないのが辛く(集中力がない)、途中で置いていかれてしまったので自信もって回答できたのが2,3問しかなかった。阅读はまあそこそこ、书写は意図通りに書けたのかだいぶ不安、というのが当日の感触。
意外に取れてはいたが、HSK4級レベルの実力を名乗る気にはなれない…
それ以降~現在
◆NHKラジオ
・まいにち中国語:9月までは完走。10月からは再放送なので、前期と違う金曜日の復習回のみ継続。まいしゅう中国語になった。
・ステップアップ中国語:9月までは通訳場面を想定したトレーニングだったので、語彙やテキストがフォーマルで結構難しかった。10月からの講座は中国映画のシーンを取り上げる新講座になったのでかなり雰囲気が変わった。
◆キクタン中国語 中級編
・2周目も終わりそうなのに全然定着している実感がないぜ!でも続けるぜ
◆Duolingo
・もうログインボーナスをもらい続けるだけのソシャゲに近いけど、それでも毎日最低限中国語に触れる点で価値は感じている。
◆中国語声出しレッスン
・HSKで听力がダメだった印象が強く、文字情報に頼り過ぎて音と意味を結びつける力が貧弱なのを痛感したので10月から開始。超短文をシャドーイングや暗唱の反復で叩き込まれるので弱い部分の強化に役立つのではと期待しているところ。
◆李姉妹ch
・日本在住中国人の姉妹のお二人のチャンネル。ライトな話題が多いけど歴史回は急に熱量が上がるので楽しみにしている。中国語チャンネルもお持ちなのでそっちを聞き取れるようになるのが目標。
◆一分中文
・短いのでめちゃめちゃ疲れてるときでもサッと見られる。4人の皆さんの発音のちょっとした違いも学習者にとっては助かる(1人による安定した完全無欠の発音だけを聞いていると自分のと違い過ぎてどの部分を似せようとすればいいかわからないことがあるので)。
主なものは以上!ですが、その他Twitterで流れてきた諸々や不定期に覗きに行ってるYouTubeチャンネルなども。
そろそろまた中検か何か申し込むべき時期かもしれないですね…
だいぶ時期遅れで変な角度のソンクラーンの話
4月上旬、私は必要あって「ソンクラーン」のタイ語の綴りを調べておりました。
日本でも「水かけ祭り」としてそこそこ有名なアレです。
もともとは仏暦の正月のお祝いで、年長者や仏像にお清めの意味で少量の水をかけるだけだったのがバケツだのホースだのを持ち出してぶっかけまくるお祭りに発展した、とか
リゾート地行き航空便にはでっかい水鉄砲と防水ポーチをかかえた外国人観光客が乗ってくる、とか
スピード超過と飲酒運転が爆増するうえ走行中バイクも水を被ることがあるので期間中は交通事故発生件数が跳ね上がる、とか
今年はCOVID対策で禁止されていた水合戦がバンコクで盛大に行われて警察が出動した、とか話題はいろいろあるのですが、そういうのはおいといて綴りの話をします。
ソンクラーンは英語表記でSongkran、タイ語表記では สงกรานต์ となります。
このタイ文字に発音記号をあてるとこんな感じです。
タイ文字は指で追いながらなんとなく音読でき、正しく綴れる単語は指で数えられる程度、というレベルの人間ですが、この綴りを調べあててまず気になったのは一番最後の読まない字、「ガーラン」です。
ガーラン
ガーランとは黙字記号 ( ์ ) がついた発音されない子音です。母音字がつくこともありますがどうせ読まないのであんまり気にしてません…
(この黙字記号自体を「ガーラン」と覚えていましたが、タンタカートไม้ทัณฑฆาตという名称があるので慣習的な呼び方なのかもしれません。)
これが外来語についていると、タイ語に入るときに省略された元の語の音や綴りが反映されていることが多いです。
常夏の国では欠かせない แอร์(エアコン)は英語の air が元で発音は「エー」に近い音ですが、r を表す ร に黙字記号が付いて綴られることで air から来ていることがわかりやすくなっています。
初めてタイ文字を習ったときは「読まないんなら書かないでくれ…」と思いましたが、便利なのがわかってからはガーランが付いているとかえってちょっと嬉しいくらいになりました。
ということで สงกรานต์ の末尾の t は読まないため「ソンクラーン」となります。
上の例は英語でしたが、ガーラン入りの外来語にはサンスクリット語語源のものが多くあります。
特に月の名前や曜日の名前など暦関係の単語はガーランだらけで、สงกรานต์ もそれに漏れずサンスクリット語由来です。
上のWikipedia記事にあっさり出てくるように、元になったサンスクリット語は 'saṃkrānti' で、タイ語では読まない t がちゃんと入っていることがわかります。
saṃkrānti
さて、入門レベルのまま開店休業中とはいえちょっとだけサンスクリットをかじった者としてはこっちももう少し調べてみたくなるもので、見た目から連想したのが下の2点。
① samは動詞の前について複合語を作る接頭辞(e.g. saṃ-√pat「達する」)として頻出なので、この単語も sam + 何らかの動詞 の形なのか?
②末尾の -āntiは、動詞の直説法現在三人称複数の末尾に似ている。タイ語では行事の名前だしWikipediaの日本語も「移動・経路」と名詞だが動詞が活用した形に由来しているのかも?
復習の始まりです。
開くの久しぶりになっちゃったな…と反省しながら教本を行ったり来たりして調べてみました。
②のほうから手を付けたところ、直説法現在三人称複数の末尾は-antiで、-āntiと長いのは別の形でした。うろ覚えの勘違い… 14sipsee14.hatenablog.com
e.g) √ruh(成長する)→ rohanti ([P] Pres.pl.3rd)
じゃあこの末尾部分は何なんだという話ですが、別の章に「動詞に付いて女性名詞をつくる接尾辞 ti」というのがあったので、恐らくこれかなと暫定候補を定めました。
こいつは動詞の「過去(受動)分詞を作るときに ta をつけるのと同じ形」に付くとのこと。
①の通りsaṃが接頭辞だとすれば、動詞語根由来の部分はkrānなので、過去分詞がkrānta になる(そしてsaṃを前にとることができる)ような動詞があればぴったりですね。
代表的な動詞の活用一覧表が載っている『初心者のためのサンスクリット辞典』で調べてみたら(自力で思い出せるような語彙力はとてもない)、ちゃんとありました!
「歩く、近づく」を意味する√kram の過去分詞がkrāntaという形になります。
あとは saṃ-√kram という組み合わせの動詞句が発見できればソンクラーンの由来に迫れそう…
手元の教本の末尾の語彙集には載っていなかったのでオンラインで引けるモニエルの梵英辞典を見てみます。
www.sanskrit-lexicon.uni-koeln.de
saṃ-√kramは 'to come together, meet, encounter...' ということで √kram 単体とあんまり変わらない…
前綴り+動詞にはよくあるパターンではあります。
saṃkrānti も調べました。'going from one place to another, course or passage or entry into...' と、Wikipediaにあったとおり「移動・経路・通過」といった語義が先に来ています。
そして天文分野での語義として 'passage of the sun to its northern course'というのがありました。太陽が北側の経路を取るようになる=牡羊座の位置に入る、春分のこと。
「移動」を意味するsaṃkrānti がこの特定の移動現象を指す語としてシネクドキ的に使われたのかなあ、と想像がつきます。
saṃの部分
よく見ると接頭辞 sam は動詞についたときに saṃ と形が変わっています。
連声(音変化)によって語末の m は子音の前で ṃ になります。この ṃ は「アヌスヴァーラ」と呼ばれ、種々の鼻音の代用として使われる日本語の「ん」のような存在です。
直後の子音に対応する鼻音の代用として使われていると考えて saṃ-√kram では k と同じ位置、つまり軟口蓋鼻音 ŋ で読めばよいわけです。
(m が直後の子音に同化した鼻音に変化し、それをまとめて ṃ で代表して表記していると理解しています。間違ってるかも)
タイ語の綴りをもう一回見てみます。
日本語だと「ン」になっているのでわかりませんが、タイ文字では前側の「ン」がちゃんと ŋ を表す字になっていて、これもサンスクリットから引き継いできたのかなと想像することができます。
まとめてしまうと
ソンクラーンは「移動、通過する」という意味の saṃ-√kram から派生した名詞 saṃkrānti「移動・通過・経路」が太陽の特定の移動を指す語として使われ、それがタイ語に入ったと考えられる、という、色々調べたわりに日本語版Wikipediaに対してほとんど情報量増えてない結論に落ち着きました。あれ…?
サンスクリットを調べるにしても最初からモニエルで saṃkrānti を引いていれば「ああ、Wikipedia合ってるな」でさくっと終わっていたかもしれません。
ただこうやって色々ごちゃごちゃ調べていると復習にもなるし、すごーくおぼろげな知識の断片がちょっとずつつながって興奮しますね、というお話でした。
サンスクリット語学習記録 第15回
今回は動詞をもとにつくられる準動詞のうち、副詞の役割を果たす「不定詞」と「絶対詞」を見ていきます。
不定詞「~すること」= Infinitive = Inf.
不定詞は「~するため」「~すること」といった目的や目標、意欲を表す。
(cf. 英語でも「to + 動詞の原形」でつくる不定詞は~ingで作る動名詞に比べて「未来志向」といわれる)
・tum をGuṇa化した語根もしくはそれに結合母音の i を加えた語幹につけて作る。
①√ + tum → Inf.
②第2次活用動詞の語幹 + tum → Inf.
(例)√dā(与える)→ dātum
√bhū(なる)→ bhavitum
√kṛ(為す)→ kartum
√yuj(繋ぐ)→ yoktum
√gam(行く)→ gantum(gam + tum だが連声で m → n になる)
√cur(盗む)→ corayitum
√grah(つかむ)→ grahītum
※不定詞は本来能動/受動の区別がないが、受動態の動詞が続く場合は受動の意味を持つ。
(例)sa mārayitum nīyate(彼は殺されるために連れていかれる)
←√mṛ(死ぬ)の使役の不定詞+√nī(連れていく)の受動態
※意図を表す語(kāma, manas)とともに「~する意図がある」という合成語(所有合成語)をつくる。その場合は末尾の m が消えて -tu になる。
(例)svaptukāma(眠ることを欲している)
vaktumanas(言う意志がある)
絶対詞「~して、…」 = Gerund = Gd.
絶対詞は「同一の動作者によって行われる2つの動作のうち先行するもの」を表す。
(「Aして、B」のAのほうの動作)
・tvā/ya/tya のいずれかをつけて作る。
①接尾辞 tvā
・tvā は弱化した語根にそのまま、もしくは結合母音の i のみ加えた弱語幹につく。
①√ + (i) tvā → 絶対詞
(例)√yaj(崇める)→ iṣṭvā
√vac(言う)→ uktvā
√gam(行く)→ gatvā
√man(考える)→ matvā
√sthā(留まる)→ sthivā
√bhū(なる)→ bhūtvā
※第10類、使役および -aya で終わる意欲活用形は -ayi に変えてから tvā をつける。
(例)√cur(盗む)→ corayitvā
√vac(言う)→ 使役 vācaya(言わせる)→ vācayitvā
②接尾辞 ya
・ya は接頭辞、副詞、名詞を前分としてできた合成語につく。
②接頭辞/副詞/名詞 + √ + ya → Gd.
(例)pra-√vac(告白する)→ procya(※pra+uc+ya、連声でa+u→o)
sam-√bhū(合う)→ saṃbhūya
ava-√tṝ(降臨する)→ avatīrya
ā-√pṝ(満ちる)→ āpūrya
ā-√dā(取る)→ ādayā
③接尾辞 tya
・短母音で終わる語根は結合子音 t を加えて tya にする。
③接頭辞/副詞/名詞 + √(-短母音) + tya → Gd.
(例)alam-√kṛ(飾る)→ alaṃkṛtya
pra-√i(死ぬ)→ pretya
vaśe-√kṛ(服従させる)→ vaśekṛtya
※m/nで終わる語根は m/n を省略して tva をつけてもよい(それのみの動詞も)。
(例)ā-√gam(来る)→ āgamya/āgatya
ava-√man(侮る)→ avamanya/avamatya
vi-√tan(いきわたる)→ vitatya のみ
ni-√han(撲殺する)→ nihatya のみ
※語根の母音aが長母音化できるものも。
(例)ni-√khan(埋葬する)→ nikhanya/nikhānya
ā-√jan(出産する)→ ājanya/ājānya
※第10類や aya で同形になる語幹は、その語根が短音節のまま語幹をつくる場合 aya の最後の a を取って ya をつけて ayya にする。
長音節の場合は、aya ごと取り去って ya を加える。
(例)sam-√gam → 使役 saṃgamaya(集める)→ saṃgamayya ←短音節の例
pra-√budh → 使役 prabodhaya(覚ます)→ prabodhya ←長音節の例
※接尾辞 am も絶対詞を作れる。
(例)√ci(積む)→ cāyam
√kṛ(為す)→ kāram
√vid(知る)→ vedam
※現在分詞「~しながら」との違い
① sa bhujian kathayati(彼は食べながら語る)
…現在分詞:「食べる」と「語る」が同時進行
② sa bhuktvā kathayati(彼は食べ終わって語る)
…絶対詞:「食べる」が終わってから「語る」が行われる
まとめ
絶対詞には細かいバリエーションはあるものの、末尾部分はほとんど -tvā や -(t)ya となるので見つけるのは難しくありません。
主語の性・数や時制などによる動詞の語形変化をさせなくてよいので書き手の側も使いやすいのか、結構な高頻度で登場します。
不定詞は絶対詞ほど頻繁には出てこない印象ですが、どちらの用法も語形変化が複雑なサンスクリットにあって副詞(変化を考えなくてよい)として出てくるので、読解演習中はありがたい存在…
サンスクリット語学習記録 第14回
今回は「分詞」です。
動詞の形を変えてつくられ、形容詞のような役割を果たすものです。英語にも「現在分詞」や「過去分詞」がありますね。
但し、サンスクリットでは述語として用いられることが多く、登場頻度も高いため重要です。
- 現在分詞「~している」・未来分詞「~しようとする」
- 完了分詞「~した」
- 過去受動分詞「~された(他動詞)」「~した(自動詞)」
- 過去能動分詞「~した」
- 未来受動分詞「~なされるだろう」「~されるべき」
- まとめ
現在分詞「~している」・未来分詞「~しようとする」
1. 接尾辞 at
①現在語幹+at/ant+語尾→現在分詞 [P]
②未来語幹+at/ant+語尾→未来分詞 [P]
(例)弱語幹 / 強語幹 / 女性形 の順に。数字は動詞の類
1 √ruh(成長する)→ rohat / rohant / rohantī
4 √tuṣ(満足する)→ tuṣyat / tuṣyant / tuṣyant
※第4類なので語幹をつくるときyaがつく
6 √tud(打つ)→ tudat / tudant / tudantī
10 √cur(盗む)→ corayat / corayant / corayantī
※第10類なので語幹をつくるとき母音がGuṇa化してyaがつく
2. 接尾辞 māna (f. mānā)
①現在語幹(第1種)+māna/mānā+語尾→現在分詞 [Ā]
(例)1√ruh(成長する)→ rohamāṇa
4 √tuṣ(満足する)→ tuṣyamaṇa
6 √tud(打つ)→ tudamāna
10 √cur(盗む)→ corayamāṇa
※māna → māṇa となっているのは内連声のせい
3. 接尾辞 āna (f. ānā)
①現在語幹(第2種)+āna (f. ānā)+語尾→現在分詞 [Ā]
(例)2 √dviṣ(憎む) → dviṣāṇa
3 √hu(供える)→ juhvāna ※第3類なので重字している
5 √su(搾る)→ sunvāna
7 √bhid(阻止する)→ bhindāna
8 √kṛ(為す)→ kurvāṇa
9 √aś(食べる)→ aśnāna
※完了分詞をつくることも(次項も参照)
②完了(弱語幹)+āna (f. ānā)+語尾→完了分詞[Ā]
(例)1 √nī(導く)→ ninyāna
1 √pac(調理する)→ pecāna
3 √dā(与える)→ dadāna
8 √kṛ(為す)→ cakrāṇa
完了分詞「~した」
1. 接尾辞 vas
①完了(弱語幹)+vas (usī)+語尾→完了分詞 [P]
※重字しても1音節の語幹は vas の前に i を挿入する
(例)3 √tud(打つ)→ tududvas
7 √bhid(阻止する)→ bibhidvas
2 √i(行く)→ īyiyas
1 √iṣ(求める)→ īṣivas
過去受動分詞「~された(他動詞)」「~した(自動詞)」
※修飾語にも述部としても使われ、最もよく出てくる。受動態同様、動作主は具格で表される。
1. 接尾辞 ta:母音で終わる語根・子音で終わる単音節の多くの語根につく
①√-母音/子音(単音節)+ta → 過去受動分詞
(例)1 √ji(勝つ)→ jita
1 √nī(導く)→ nīta
3 √hu(供える)→ huta
8 √kṛ(為す)→ kṛta
1 √budh(悟る)→ buddha
10 √cur(盗む)→ corita ※10類の接尾辞 -ayaを-iに変えてつける
※頻出するだけあって、不規則なものが多数。
(1) Saṃprasāranaによる(ya→i, va→u, ra→ṛ へ変化)
(例)√yaj(崇める)→ iṣṭa
√vac(言う)→ ukta
√vas(留まる)→ uṣita
√svap(眠る)→ supta など
(2) 語根末前の鼻音が消滅
(例)√daṃś(噛む)→ daṣṭa
√bandh(縛る)→ baddha
√sañj(固執する)→ sakta など
(3) 語根末の鼻音が消滅
(例)√kṣan(傷つく)→ kṣata
√gam(行く)→ gata
√man(考える)→ mata
√han(殺す)→ hata など
(4) 語根末の鼻音が消滅し、その前の a が ā になる
(例)√khan(掘る)→ khāta
√jan(生まれる)→ jāta など
(5) 語根末の長母音(二重母音も)が i/ī になる
(例)√gai(歌う)→ gīta
√pā(飲む)→ pīta
√sthā(留まる)→ sthita など
(6) 語根末の h の連声による
(例)√guh(覆う)→ gūḍha
√duh(搾る)→ dugdha
√ruh(成長する)→ rūḍha
√lih(舐める)→ līḍha
√nah(結ぶ)→ naddha など
(7) 語根末の m が接尾辞 ta に同化され n となり、その前の a が ā になる
(例)√kam(愛する)→ kānta
√dam(抑える)→ dānta
√bhram(徘徊する)→ bhrānta など
不規則といっても見た目が大きく変わるのは (1) くらいで、あとは何となく元の形がイメージできることが多いです。
(1) は先頭の文字が変わるので、辞書や語彙集で似た形を調べても偶然見つけることがないんですよね…。
2. 接尾辞 na
① 長母音(とくに ṝ)で終わる語根に直接つく(ā→ī, ṝ→īr または唇音の後ろでは ūr となる)
(例)√hā(捨てる)→ hīna
√kṣi(壊れる)→ kṣīna
√kṝ(散らす)→ kīrna
√pṝ(満たす)→ pūrṇa
② g や j で終わる語根につく(語幹末はgになる)
(例)√lag(着く)→ lagna
√bhañj(破る)→ bhagna
√bhuj(曲がる)→ bhugna
③ d で終わる語根に直接つく(d→n)
(例)√chid(断つ)→ chinna
√nud(推進する)→ nunna
√pad(落ちる)→ panna
√bhid(破る)→ bhinna
過去能動分詞「~した」
1. 接尾辞 vat:過去受動分詞の後ろにつく
① (過去受動分詞)+ vat → 過去能動分詞
(例)√kṛ(為す)→ 過去受動分詞 kṛta → kṛtavat
√dṛṣ(見る)→ 過去受動分詞 dṛṣṭa → dṛṣṭavat
未来受動分詞「~なされるだろう」「~されるべき」
※動形容詞ともよばれる。下記3つの接尾辞を語根もしくは第2次活用の動詞語幹につける
1. 接尾辞 tavya:Guṇa化した語根 or Guṇa化して語幹母音の i で終わる語幹につく
①√Guṇa + (i)tavya → 未来受動分詞
(例)√ji(勝つ)→ jetavya
√bhuj(食べる)→ bhoktavya
√kṛ(為す)→ kartavya
√cur(盗む)→ corayitavya
√grah(つかむ)→ grahītavya
2. 接尾辞 anīya:Guṇa化した語根につく。tavya より出現頻度は少ない。
②√Guṇa + anīya → 未来受動分詞
(例)√ci(積む)→ cayanīya
√ṣru(聞く)→ ṣravanīya
3. 接尾辞 ya:Guṇa化もしくは Vṛddhi化した語根につく。語根末の ā は e に変える
③√Guṇa / Vṛddhi + ya → 未来受動分詞
(例)√dā(与える)→ deya
√pā(飲む)→ peya
√gai(歌う)→ geya
※語根末の i/ī は e になる(可能の意味を含むと ay)
(例)√ji(勝つ)→ jeya(勝たれるべき)/ jayya(勝たれうる)
√krī(買う)→ kreya(買われるべき)/ krayya(買われうる)
※語根末の u/ū は av になる(必然の意味を含むとāv)
(例)√bhū(なる)→ bhavya(なるべき)/ bhāvya(ならなければならない)
√nu(褒める)→ navya(褒められるべき)/ nāvya(褒められなければならない)
他に、ṛ → ār になったり母音が Guṇa化したり t が入って tya となる例も。
まとめ
以上、それぞれ形容詞(名詞にも)として性・数・格によって曲用(語形変化)します。
細かい条件で微妙に変化することはありますが、読解においてはどんな標識が出てきたらどんな分詞になる可能性があるか、とわかれば調べようがあるのでまずは基本の形を覚え(ようとして)ます。
短文で読解練習をしていると、未完了過去やアオリストや完了なんかよりも過去分詞が述語として頻繁に出てくるので、しっかり理解したいところ…
サンスクリット語学習記録 第13回
ちまちま勉強はしていたのですが、間が空いてしまいました…
動詞の派生的な活用を一気にやります。
①使役活用法「~させる」
②意欲活用法「~しようとする」
③強意活用法「激しく~する」
②と③は登場頻度が低いらしいので、簡単に…
〇現在組織の使役活用法
・現在組織の使役形は、語根の母音を Guṇa/Vṛddhi 化させて aya を付ける
使役形 (Causative) = √Guṇa/Vṛddhi + aya + 語尾(第1種活用)
※第10種動詞の語幹の作り方と同じ
(例)√nī(導く)→ 使役:nāyaya-(導かせる)
√bhū(なる)→ 使役:bhāvaya-(ならせる)
√kṛ(する)→ 使役:kāraya-(させる)
・語根の中間にある a は長母音化しないこともある。
(例)√gam(行く)→ 使役:gamaya-(行かせる)
√jan(生まれる)→ 使役:janaya-(生ませる)
√tvar(急ぐ)→ 使役:tvaraya-(急がせる)
・ā や 二重母音 (e, ai, o) で終わる語根は aya の前に p が入ることが多い
(例)√dā(与える)→ 使役:dāpaya-(与えさせる)
√sthā(留まる)→ 使役:sthāpaya-(留まらせる)
√dhe(吸う)→ 使役:dhāpaya-(吸わせる)
現在組織のみですが変化表の例です。
〇現在組織以外の使役活用
・アオリスト:重字アオリスト(a + 重字語幹 - aya + 第2語尾)を使う
(例)√pṝ(救う)→ 使役・一人称単数:apīparam
√nī(導く)→ 使役・一人称単数:anīnayam
・完了:複合完了を用いる
※複合完了
① aya を伴う語幹 + ām + √kṛ(なす)の 完了形 [P]/[Ā]
② aya を伴う語幹 + ām + √as(ある)の 完了形 [P]
③ aya を伴う語幹 + ām + √bhū(なる)の 完了形 [P]
(例)√tuṣ(満足する)→ 使役・完了・一人称単数:toṣayām āsa
・未来:語幹に i を加え (aya → ayi) てから 標識の sya を付ける
(例)√cur(盗む)→ 使役:coraya- → 使役未来:corayiṣya-
・受動:aya を除いてから受動を表す ya を付ける
(例)√budh(悟る)→ 使役:bodhaya- → bodhya-
※使役の対象(実際の動作主)は具格で表されることが多い
yaを付ける受動態と似ていますが、使役は語根の母音がGuṇa/Vṛddhi化するのでそれで見分けられそうです。
〇意欲活用法
・重字させた語根に sa または isa をつけて語幹をつくる
意欲活用 (Desiderative) = 重字 + 語根 + (i)sa + 語尾(第1類の活用)
・重字音節の母音は基本的に i だが、語根の母音が u/ū なら u を用いる
(例)√pac(調理する)→ pipakṣa-(調理したい)
√kṣip(投げる)→ cikṣipsa-(投げたい)
√tud(打つ)→ tututsa-(打ちたい)
√vid(知る)→ vivitsa- / vividiṣa-(知りたい)
√duh(搾る)→ dudhukṣa-(搾りたい)
・語根末の i, u は長音化し、r/ṛ は īr となる(唇音の後ろでは ur)
(例)√ji(勝つ)→ jigīṣa-(勝ちたい)
√śru(聞く)→ śuśrūṣa-(聞きたい)
√kṛ(する)→ cikīrṣa-(したい)
・不規則な例:√āp(到達する)→ īpsa-, √gam(行く)→jigāṃsa- など
〇強意活用法
・音を強めた特別な重字音節を語根に付ける(強める方法はいくつかある)
①重字(特別)+ 語根 + ya + 語尾(第4類動詞の活用)… [Ā] こちらのほうが多い
②重字(特別)+ 語根 + 語尾(第3類動詞の活用)… [P]
・[Ā] の場合(ya をつける①のパターン)の例
重字母音 i/u → Guṇa 化…√dīp(輝く)→ dedīpya-
重字母音 a → 長音化…√jval(燃える)→ jājvalya-
鼻音で終わる → 重字音節に鼻音…√kram(歩む)→ caṃkramya-, √gam(行く)→jaṅgamya-
ṛ のある語根の一部 → 重字音節にr(ī) を入れる…√nṛt(踊る)→ narīnṛtya-
・[P] も同様だが一部違う語根もあるらしい(かなり珍しいらしいので割愛)。
やたら重字音節が強まってたらこれを疑う、くらいでよさそう。
ちょいちょいここのリーディングにも挑戦してますが、今のところ使役がちょっと出てきただけで意欲・強意はまだ見かけません…
階の数え方
例えば、目当てのお店が初めて行くショッピングモールの 「2階」にあるらしい、ということを知った場合。
エスカレーターが故障しているとしたら、階段で行きますか?エレベーターを待ちますか?
アメリカ英語では日本の1階、2階…と同じように1st floor、2nd floor…と数えるのに対し、
イギリス英語では日本でいう1階をGround Floorと呼び, その上から1st floor, 2nd floor …と1階分数え方が異なります。
では他の国、例えばどちらかと言えばイギリス方式寄り?と思われるマレーシアやタイなんかではどうかというと、
ホテルや集合住宅はイギリス式だったり、日本と同じように1階、2階…となっていたり、Ground floorから始まるけどその上が2階になっていたりとまちまちな印象。
しかしこれがショッピングモールになるとなぜか「数字を出し惜しみするのがCool」みたいな数え方になります。
よくあるのは、Ground floorの上にさらにMezzanine(中二階)というのを設けて、その上を1st floorとするパターン。
Mezzanineと言ってもバルコニーだけだったりフロアが狭かったりするわけではなく、他の階とほとんど同じレイアウトになっているのが普通です。
さらに、エレベーターのボタンがこんな感じになっているモールもありました。
(実際には地下も地上ももっといっぱいあった気がする)
下階から
Basement, Lower Ground, Upper Ground, Mezzanine, 1st, 2nd です。
G階が分かれているのは、このモールが坂に建っていてground levelにあるといえそうな階が2フロアあるから。
LGから入店した場合、日本式の数え方とは3階分も違うことになります。
というわけで、店内の階数表示もエレベーターのボタンも見ないで「ひとつ上がるだけだしな」と階段(※止まっているエスカレーター)を選んだ私は予想外の汗をかくことになったのでした。